最後の苦しい姿

病院について 名前を言うとスムーズに通されて なんで?

いつもあんなに咎められるのに、、と思いながら 部屋に入ると 夫の顔は もう黒目があらぬ方向を見ていて 苦しみぬいて亡くなる寸前だった!

どうして こんなふうになるまで 家族に連絡しないの?

どうして?

私は 自分から病院に問い合わせなかったの?

自分は何をしてたんだろう、、

そうだ、、退院してからの事を打ち合わせしていたのだ、、

窓側にベットを移して 少しでも庭が見られる環境にして そして 出掛けたのだ!

 

あぁ なんで もっと早く来なかったのだろう、、

何をしてたのだろう、、

どれほど苦しみ抜いたら こんな顔になるのだろう、、

なんで、術後2日でリハビリなんてさせたのだろう、、

それまで、、ずっとベットから起こさなくて 数週間後に 車椅子に自力で乗らなければ 退院出来ないなんて言われて 夫はどれほど 辛かったのだろう、、

そして、、酸素が入ってこない肺で 頑張って車椅子に座る練習をしたのだ!

2日間も、、3日目に危篤になっても 私が、付き添う事を 私の身体のためだと阻止した看護師さん それに従った馬鹿な私、、

明日 帰れるからね、、と 言い聞かせて帰って その日の夜から意識不明、、

病室に入った時の悶絶したあの顔、、

 

どこまで苦しめるんだろう?

どうして こんな病院にかかったのだろう、、

何故 医者へのお礼に商品券など買ってたのだろう、、、、、、、

腹が立つ!

 

自分が 足りないからこうなったのだと思う。

 

あの苦しみ抜いたら夫の顔を 抱きついている長女の姿を忘れないでおこう、、

 

私は 心の奥で忘れてはいけない。

 

この今の幸せも

この今の 暮らしも 夫が築いてくれたものなのだ!

肝に銘じて 忘れない。

 

有難うございました。

パパ ごめんなさい。苦しい思いをさせました。

 

これを 一月以上 読み返せなかった、、

辛くて 苦しくて 心が弱っていて 

嫌な記憶だけど 忘れないために、、